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2014年4月 8日 (火)

コレクター趣味にあらず

数年にわたってハマっていたビンテージ腕時計とアンティーク懐中時計について、なぜ現在では撤退したのかをまとめておこう。
その『なぜ』にロレックスに行き着いた答えが含まれているからだ。

これまでそれぞれ10数個しか買っていないが(とはいえ、その分野でのそこそこ有名ブランドばかり)、それでも深みにはまらず早期に撤退したのは賢明な判断であったと思っている。



まずは性能や信頼性の面から。
例えば日差にしても、ビンテージ時計で2分以内、アンティーク懐中時計の場合は2~4分が許容範囲である。
50~100年前の機械式時計なので、この数値はしかたがないといえる。
しかし頭の中ではそれを許容していても、現実には2~4分のズレを見るごとに私はイライラさせられてしまった。
毎朝ネジ巻きをやり、しかもTVの時刻表示にあわせて時間合わせを必ずやった(いや、やらされた)。
つまり私は、10数個ある時計の管理人兼世話係になっていたのである。

またこれも当然だが、防水機能はなく振動にもとても弱い。
恐る恐る使わざるを得ず、これではなんのために買ったのか分からなくなってきた。
特に懐中時計については、10数個全てを屋外に持ち出すことは断念した。
つまり、箱の中に仕舞いこんでたまに見たり額に飾って楽しむだけという絵画的鑑賞法を趣味とせざるを得なくなったのだ。


『大金払ってまでジジババを抱え込むことはない』という身も蓋もない、しかもある意味当たり前の凡庸な結論である。


まあ…100年も前のものを実用に出来ないかなどとおバカなことを考えていた私も私で、明らかに接し方が間違っているのだが、私にはこのような絵画的鑑賞を趣味とするほど金銭的にも時間的にも余裕があるわけではない。
結局私は、こと時計に関してはコレクター的な思考(骨董品を愛でる趣味)はあまりないことが良く分かった。
モノに関しては、あくまで使えるか役に立つかどうかでプラグマティックに考える志向があるようだ。


使えないモノ、実用に耐えない代物なら、額に飾ったり箱の中に入れて後生大事に仕舞っておけば良い。
もし見たくなったら、カタログでも眺めていれば良い。
でないと、箱から出して楽しんでいても、いつ手元が狂って落としてしまったりキズをつけてしまうか分かったものではない。
そんなに壊したりキズが付くのが不安なら(私は不安なのだ)、最初から買わずに専門の本でも買ってそこに掲載されている美しい写真を眺めるだけで充分だ。

なお、ここで言う「使えないモノ」とは、単に機能的に使えないという意味だけではない。
身の丈以上の買い物をしてしまって、もったいなくて中々使えないモノ、例えば私だったら時計ならPPとかBreguetなどの雲上ブランドモノにも当てはまる。


これまでずっと、モノを選ぶ主たる基準がデザイン(及びセンス)だと固く信じ切ってきた私であったが、意外にプラグマティックな面があることが明確になった。
これらのことが自分の中ではっきり認識出来ただけでも、それなりに良い経験であったのかもしれない。


(この項続く)

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