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2015年5月21日 (木)

セイコーミュージアムを見学した・その2

さらに奥に進むと、今度は江戸時代の時計が出てきた。
時代劇で、殿様の居室の床の間に置かれてカッチカッチ横に振れているアレである。

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下写真にあるように、この時計専任の巻く係がいたそうである。
1日2回とか決めて、毎日定期的に巻いていたのだろう。

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こちらは蒔絵の印籠に組み込んだ懐中用時計。
わが国でもこんなものが江戸時代に考案されていたとは、驚きである。

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こちらは今で言うメンテナンスツール。
右上にあるのは日時計。

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さらに奥においてある壁面一杯の時計を見ながら、2階フロアーに上がる。
この壁面の時計、ムーンフェイズ表示されるもので、お月さまの表情が可愛い。
またもう一つの時計は振り子が長くて大きくて、どこかの壮大なお屋敷のホールにでも置いてあったものだろうか。

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2階フロアーには、精工舎の創業時代から現代に至るそのほとんどのセイコーの時計が網羅されている。

ビックリしたのは、現代のクオーツの精度に匹敵するマリンクロノメーターが展示されていたこと。
マリンクロノメーターは航海における必須の装備である。
ユリス・ナルダンのものが有名だが、これと同じレベルをすでに昭和初期に精工舎が作っていたのであった。
ちなみに、横須賀の三笠記念館においてあるのは、確かユリス・ナルダン製である。

精工舎製マリンクロノメーター…、素晴らしいの一言に尽きる。

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明治時代のいわゆるボンボン時計や置き時計が一堂に会している。
そのほとんどが今でも動くそうだ。

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明治、大正期は懐中時計の全盛である。
同時に腕時計への進化が始まった。
下写真の右の方に2本の腕時計が見える。

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これが精工舎初の腕時計、セイコーローレル。
12の数字をレッドにするなど、まだまだ懐中時計の影響が見て取れる。
ちなみに文字盤の数字デザインは、ブレゲ数字。
私はこのブレゲ数字が大好きで、今も手元に残してある戦前ドイツ製懐中時計の数字もこのブレゲ数字だ。

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下写真は、いわゆる恩賜の時計。
海軍兵学校や陸軍士官学校での最優等生徒に下賜されたもの。
ちなみに戦前の海軍兵学校や陸軍士官学校は、戦後の東大レベルを軽く凌駕する難易度で、日本国中から天下の秀才が集まった。

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下写真は明治期に有名な商館時計。
私もこれもほとんど同じ仕様の商館時計を持っていたが、数年前に売却してしまった。
ヘブドマスの8日巻きといい、ウォルサムのハンターといい、そしてこの商館時計といい、私の持っていたモノの方が状態が良いように思う。
展示されているこれらを見ていて、売り払ってしまって惜しかったような気がほんの少しした(苦笑)。

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ではこのあと全盛期のセイコーの機械式時計とクォーツ時計を見て、現代に至る事にする。
続きは完結編のその3にて。

(その3に続く)

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