最近のトラックバック

フォト

« 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その1) | トップページ | 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その3) »

2015年9月27日 (日)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その2)

今週発売の週刊新潮2015年10月1日号(9月24日発売)に、『天地真理』の記事が載っているらしい。
老後になっておカネに苦労する彼女の現状をルポしたもののようだが、現ファンによるとわざとらしく哀れを誘い、みすぼらしい見世物のような扱いに書かれ噴飯モノだとのこと。

私は週刊誌の類は一切読まずせいぜい電車の吊り広告を一瞥する程度なので、今書いている内容は週刊新潮の記事に触発されたものではない。
『シンクロニシティ』と言えなくもない偶然であり、たまたま被ったようだ。



さて『渡辺真知子』である。
彼女は松任谷由美や中島みゆきらの次の世代のシンガーソングライターとして、『天地真理』に遅れること6年、自分で作詞・作曲した曲で1977年にデビューした。
豊かな音量と声域の広さで観客を魅了し、エレガントかつダイナミックに熱唱する。

デビュー曲は「迷い道」で、20歳代前半の複雑な女性心理をうまくすくい上げている。

Watanabemachiko1_3             https://www.youtube.com/watch?v=IyNhysXX7DE



「かもめの翔んだ日」はカラオケに行くと歌うこともあるが、「ブルー」はあまりにも難しくて歌えない。
しかし一番のお気に入りが「ブルー」である。

彼女の持つ都会ならではのハイセンスとエレガントさとデリカシーがものの見事にミックスされた名曲である。
何ともいえず、都会の中で懸命に生きる若い女性の孤独と焦燥が伝わる。

Watanabemachiko2              https://www.youtube.com/watch?v=our7nCHB8tY



1990年代になって、一度だけ生で本人を見たことがある。
都心近くの大規模商業施設で、客寄せのミニコンサートをやっていた。
観客は20~30人。
少なからぬ客は立ち止まらず、買い物するのに急いでいた。

当時はすでにテレビでの露出も大幅に減っていて、そのような商業施設にまでいわゆる『ドサ回り』するようになったものかとビックリしたのを覚えている。
しかしナマ声で聴いた「迷い道」「ブルー」「かもめの翔んだ日」は全然色あせておらず、臨場感たっぷりで、さすがに『渡辺真知子』だと改めて感心したものだった。


彼女自身は元々コンサートに力点を置くタイプであり、ごく最近もあいかわらず全国のコンサート会場を元気ハツラツに駆け回っているようだ。
ご自身のブログを拝見すると、交友関係も非常に広く、規模を問わず精力的にコンサートをこなしている様子が良く分かる。
あくまで歌が好きで、歌に集中し、そして観客との交流を何より大切にするその姿が如実に伝わってくる。
とても充実しているご様子なので、末端の一ファンとしても安堵する。


では、一度は国民的アイドルと言う頂点に昇りつめた『天地真理』は、なぜ『渡辺真知子』のようにソフトランディング出来なかったのだろうか?

(その3に続く。)

« 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その1) | トップページ | 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その3) »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/525320/62356142

この記事へのトラックバック一覧です: 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その2):

« 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その1) | トップページ | 『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その3) »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ