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音楽

2015年10月 4日 (日)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その5・完結編)

『天地真理』はその声の質や本人の志向性からして、アイドル路線に入るべきではなかった。
歌っている曲を聴くとよく理解出来るのだが、彼女の声は顔に似合わず意外に低い。
アイドルらしからぬ、落ち着いた大人の声である。

だからこそ、アイドルとしてではなく、あくまでニューミュージックやフォークの範疇で地道に活動すべきであった。
そうすれば、精神を病むこともなく、外見もあそこまで変貌せずに順調に歳を重ねて行くことが出来たであろう。

それこそまさしく『渡辺真知子』が歩んでいる道であり、そして彼女は順調に相応に歳を重ね、今も全国狭しとコンサートに活躍している。
『天地真理』も…、いや斉藤真理もそうなる資格も素質も十二分にあったのに。

下に貼った「なごり雪」や「いちご白書をもう一度」を聴いても、単なるアイドルではない大人ッぽい声質や相当な巧さが分かる。
つくづく惜しいかな…。

Amachimari9              https://www.youtube.com/watch?v=KB0Mik57ym0
              https://www.youtube.com/watch?v=qC3a0IBoNnU



ということで、いきなりジャンル違いの『渡辺真知子』と同列に論じたので戸惑ったことであろうが、私がなぜ桜田淳子やピンクレディーではなく、あくまで『渡辺真知子』と対比したのか、真の意味するところがここにきて分かっていただけたのではないかと思う。



さて、『真理ちゃん』は『渡辺真知子』が逆立ちしても叶わないモノを持っている、と前回記事に書いた。
それは何か?


Amachimari10             https://www.youtube.com/watch?v=LfbZ63bByiQ





それは、血を分けた自分の子供の有無である。

『天地真理』は幸いにして1人お子さんを授かり、その子は今ではもう30歳近くの立派な女性に成長しているらしい。
そしてそのお嬢さんは『天地真理』のファンクラブ代表を務め、CDジャケットやコンサートなどの企画、構成などを担当しているのだという。
つまり、この母子にはしっかりしたコミュニケーションが存在しているといえよう。
『天地真理』は現実でも「ひとりじゃないの」である。

これはさぞかし頼もしい限りであろう。
そして彼女の孤独感や敗北感は、お嬢さんの存在によって大いに癒されるに違いない。

Amachimari11             
            https://www.youtube.com/watch?v=aUYDzzD1zUE




一方の『渡辺真知子』は今のところ独身主義を貫いて、音楽最優先の人生を送っている。実質的な”夫”に相当する人は身近にいて秘密にしているのかもしれないが、とりあえず表向きは一人でいる。

どんな人間にも、さらなる老いは必ずやってくる。
その時、血を分けた子孫がおらず、肉親同士ならではのコミュニケーションが取れないのは、巨大なる孤独感をさらに深めるだけではないのだろうか?
しかし音楽にかける情熱と信念が強い彼女なら、そのような孤独もなんとか踏み越えてこのまま行くのだろうか?

まあ彼女自身が望んで今のような状態でいるのか、それとも子供だけは欲しかったのか、部外者には絶対に分からない。
だから、いるorいないだけで両者を単純に比較することは出来ないのは重々承知しているつもりだ。


とはいえ、さらなる老いを想像するにつけ、少なくとも私などにはその絶対的孤独には耐えられない気がする。
私は小市民的な生活とか肉親との緊密なふれあいこそが、この世の一番素晴らしい宝物だと思っている。
たぶん『真理ちゃん』はこの考えに近いのではないかと思う。

だからこそ全盛期の『天地真理』が歌って描いてみせた、小市民的で心優しくつつましやかな世界に、今も憧れ郷愁を感じるのであろう。


では、『天地真理』自身がベスト3に入れている曲「水色の恋」「虹をわたって」「ひとりじゃないの」から、彼女に最も相応しい「ひとりじゃないの」を以下に聴いて、この話をお終いにしよう。

Amachimari12            https://www.youtube.com/watch?v=RnfDem4gmes


(この項、これにておしまい)

2015年10月 2日 (金)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その4)

時計を始めとする物欲ブログなのに、過去にファンだったアイドルの話を延々と展開してしまって、興味のない人には誠に申し訳ない。

さて、『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?の核心を突くと思われる最大の要因を続けよう。



③本人の資質/志向性
『渡辺真知子』ほどの豊かな声量、音域の広さ、繊細な音感があれば、シンガーソングライターとして大成したのはある意味当然の帰結である。
高校生のころから作曲を手掛け、デビュー前にしてすでにヤマハのコンテストで審査員特別賞を受賞している。
彼女は天賦の才能に恵まれたのだ。

時代や環境の変化の後押しの中、この強力な才能を武器にすれば、プロダクションにこき使われることも少なく、自分の主張は充分通せたであろう。
所属したのが業界のドンとも言える絶対的な渡辺プロではなかったのも、彼女には幸いしたことだろう。


一方、デビュー前はフォークシンガー希望であった『天地真理』も高校は声楽科であり、デビュー前にヤマハのコンテストに出場するなど、『渡辺真知子』との共通点も多い。
だから噂されたように歌がヘタなわけでは決してない。
例えば、デビュー前の貴重な歌声を聴いてみるとよく分かる。

Amachimari6             https://www.youtube.com/watch?v=6RnMkwUzro0


また「あの素晴らしい愛をもう一度」を聴いてみるとイイ。
この曲は私も大好きで、カラオケに行くと必ず歌っている。
彼女は丁寧かつ明瞭に歌い、得意のファルセットなども活かし切っている。

Amachimari7             https://www.youtube.com/watch?v=FSipcJFK-cc


また彼女のデビュー曲「水色の恋」は名曲である。
このセンシティブな感情は『天地真理』にしか出せない。

Amachimari8             https://www.youtube.com/watch?v=GwxfzmWSvqo



とはいえ『渡辺真知子』並みのダイナミックな声量には及ばず、また作曲などもこなせなかったために、どうしてもプロダクションの言いなりにならざるを得ず、自分の志向性とは別の道を歩まされても文句は言えなかった。
時代もそれを求めたのは、前回の記事に記したとおりである。



次に、ご本人の性格の違いも大きかったものと推察する。

「人の性格や履歴は、その人自身の顔に如実に反映される」というのが私の持論である。
もちろんかの米国大統領・リンカーンも同じような事を言っているので、あながち乱暴な論ではない。
大人しい人はやはり大人しい外貌だし、優しそうな人は顔が優しい。
逆に乱暴者や犯罪者は、その性向がなんとなく顔に表れている。


『天地真理』の優しそうな表情や素直な態度は、彼女の性格がそのまま表れたものであろう。
一方の『渡辺真知子』、やはりなんとなく気が強く、芯が一本通っているような印象を受ける。
『天地真理』は、ごく普通の恋愛をして結婚して家庭に入ってもおかしくはないタイプである。
『渡辺真知子』は、その豊かな才能を活かして音楽一筋、家庭より音楽が大事という強い信念に裏付けされたタイプである。
実際、『天地真理』は結婚して(その後離婚したが)、一子授かっている。
『渡辺真知子』は独身主義を貫き、今も精力的に各地を飛び回ってコンサート活動を続けている。



これらの両者の資質や性格の違いが、その後の2人の道をかなり違ったものにしたのではないだろうか。
どちらが良いというのではない。
またどちらが勝者というのでもない。

とはいえ、現在のところ充実したコンサート活動を満喫し交友関係も多彩な『渡辺真知子』はとてもハッピーに見える。
外見も現在58歳に相応しく、歳を上手に重ねているようだ。
話のし易い、身綺麗にしているナイスなおばはん!という感じだ。

Watanabemachiko4             https://www.youtube.com/watch?v=GcYkN1YAl44
             https://www.youtube.com/watch?v=Y1LRSBRgnxs



『天地真理』の方は、日本の芸能界の最頂点を一度は極めた者にしては、週刊誌の格好の下衆な話題提供をするまでに落ち、外見も若い頃を全く想像出来ないほど変貌してしまった。
歳を上手に重ねることが出来なかった悲哀を、切実に感じる。
可哀そう過ぎる…。

とはいえ、『天地真理』が絶対的にアンハッピーかというと、それは本人以外誰にも分からないだろう。
なんといっても彼女は、『渡辺真知子』が逆立ちしても絶対に叶わないあるモノを持っているからだ。

(その5に続く)

2015年9月30日 (水)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その3)

では本題を急ごう。

私の拙い考えでは、おおよそ次の3つの要因が挙げられる。
その時代と、本人の置かれた環境、そして本人の資質や指向性である。


①時代
現在のように自己主張が当たり前に立派な個性とみなされ、自由奔放にふるまうことすらスタイル化されている時代と違い、『天地真理』がデビューした1970年代初頭、女性アイドルは男の目線で決められる宿命にあった。
しかも50年代や60年代と違って、いわゆるティーンと呼ばれた中高生や大学生に熱狂を持って迎えられる偶像でなければならなかった。
そのためには、否応なくあくまで愛らしく清楚で控え目なお人形のような女性像が求められたのである。

70年代のアイドル=ティーン男性の理想像ということだ。
今なら笑い話で済まされるが、当時のティーン達は自分の好きなアイドルはトイレに行かないと、固く信じていたフシがある(苦笑)。
そこには自己主張も個性の発揮も許されず、素直に微笑む無垢な女性像が好ましかった。

とすれば、他に指向性のあった『天地真理』(=斉藤真理;もともとはフォークソング志向であった)といえども、その流れに逆らってまでデビューする事は叶わなかったわけだ。

Amachimari3              https://www.youtube.com/watch?v=aUYDzzD1zUE&list=PLihB9LYV6yFQLTRYZhakbypEJYgmdU-Ny



ところが、時代はたった6~7年で激変してしまう。
『渡辺真知子』がデビューした1977年ごろになってくると、新三人娘(天地真理、小柳ルミ子、南沙織)が端緒をつけたアイドル路線は百花繚乱の趣を呈し、様々なアイドルが生まれる。
代表的なところでは、山口百恵、桜田淳子、森昌子の中3トリオであろう。
決定打はピンクレディーか。

それによって様々なアイドル路線に分岐し、アイドル路線は全盛期を迎えたものの、アイドル享受層の低年齢化にともなってアイドルの位置づけも変化してきた。
また歌謡曲へのニューミュージック系歌手の進出も著しくなった。
これはアイドル路線には飽き足らない、大人からの逆襲とも取れる。

だから『渡辺真知子』は、アイドルという枠に限定されることなく、自由に自分の歌を発表することが出来るようになったのである。
ニューミュージック志向でシンガーソングライターだった彼女には、願ったり叶ったりの状況が最初から用意されていたというわけである。
『天地真理』がやりたくても出来なかったスタイルを、デビュー当時からいとも簡単に当然のごとくやれたのは、このように時代の変化が大きい。

Watanabemachiko3             https://www.youtube.com/watch?v=R2vr0KwtgfE



②環境
70年代はアイドルがアイドルとして求められた時代であり、またビッグビジネスとして捉えられていた時代でもあった。
『天地真理』が所属したプロダクションは、当時最大手の渡辺プロ。
歌謡曲業界、アイドル業界を創造したともいえるこの最大手プロに所属したがゆえ、『天地真理』はビジネス最優先でこき使われることとなる。
あまり器用に立ち回れるとも思えないぽっと出の若い女性である。
魑魅魍魎の芸能界を泳ぎきれるほどの才覚も覚悟もなく、言われるがままに与えられた役割をこなすしかない。

Amachimari4             https://www.youtube.com/watch?v=RnfDem4gmes



同じ新三人娘の中でも、南沙織はそのような芸能界に嫌気がさしたか適応出来なかったかして、早々に引退と言う道を選んだ。
一方の小柳ルミ子は芸能界でトップを目指す道を選んだ。
小柳には芸能界に耐えるバイタリティーもしたたかさも備わっていたようだ。
中身はごく普通で平凡な娘であった『天地真理』には、周囲の状況からして南沙織の道は許されなかったのだろう。
あの類稀なる愛らしさや清楚さを醸し出す外観からして、ビジネスとしてのみ彼女を捉えていた周囲は引退や他のジャンルへの転向など許すわけもない。

さらに70年代は日本の歌謡曲が全盛を迎えた時代であり、突然彗星のように現れすぐに国民的アイドルとなった『天地真理』には、同業他社やライバル歌手からの妬みや足の引っ張り合いが想像を絶するほど多かったと思われる。
『天地真理』に関する当時囁かれた非常に多くの噂話は、他の歌手にはあまりなく、異常とすら言える誹謗中傷のオンパレードであった。




さてはて、左様にアゲインストな環境に置かれて、それでも精一杯頑張って国民的アイドルにまで駆け上がったのが『天地真理』だったのである。
過去全てのアイドルの中で子供用自転車にまでなったのは、『天地真理』とピンクレディーと仮面ライダーの3組しかいない。
これから見ても、全盛期の『天地真理』への熱狂ぶりが如何に凄まじかったかが分かる。

Amachimari5             https://www.youtube.com/watch?v=HRezKIpDTgI


予想外にかなり長くなってしまったので、予定を変更してここで一旦切り、2人の中で最も異なると思われる本人の資質や指向性に関する話は次回に論じることにする。

(その4に続く。)

2015年9月27日 (日)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その2)

今週発売の週刊新潮2015年10月1日号(9月24日発売)に、『天地真理』の記事が載っているらしい。
老後になっておカネに苦労する彼女の現状をルポしたもののようだが、現ファンによるとわざとらしく哀れを誘い、みすぼらしい見世物のような扱いに書かれ噴飯モノだとのこと。

私は週刊誌の類は一切読まずせいぜい電車の吊り広告を一瞥する程度なので、今書いている内容は週刊新潮の記事に触発されたものではない。
『シンクロニシティ』と言えなくもない偶然であり、たまたま被ったようだ。



さて『渡辺真知子』である。
彼女は松任谷由美や中島みゆきらの次の世代のシンガーソングライターとして、『天地真理』に遅れること6年、自分で作詞・作曲した曲で1977年にデビューした。
豊かな音量と声域の広さで観客を魅了し、エレガントかつダイナミックに熱唱する。

デビュー曲は「迷い道」で、20歳代前半の複雑な女性心理をうまくすくい上げている。

Watanabemachiko1_3             https://www.youtube.com/watch?v=IyNhysXX7DE



「かもめの翔んだ日」はカラオケに行くと歌うこともあるが、「ブルー」はあまりにも難しくて歌えない。
しかし一番のお気に入りが「ブルー」である。

彼女の持つ都会ならではのハイセンスとエレガントさとデリカシーがものの見事にミックスされた名曲である。
何ともいえず、都会の中で懸命に生きる若い女性の孤独と焦燥が伝わる。

Watanabemachiko2              https://www.youtube.com/watch?v=our7nCHB8tY



1990年代になって、一度だけ生で本人を見たことがある。
都心近くの大規模商業施設で、客寄せのミニコンサートをやっていた。
観客は20~30人。
少なからぬ客は立ち止まらず、買い物するのに急いでいた。

当時はすでにテレビでの露出も大幅に減っていて、そのような商業施設にまでいわゆる『ドサ回り』するようになったものかとビックリしたのを覚えている。
しかしナマ声で聴いた「迷い道」「ブルー」「かもめの翔んだ日」は全然色あせておらず、臨場感たっぷりで、さすがに『渡辺真知子』だと改めて感心したものだった。


彼女自身は元々コンサートに力点を置くタイプであり、ごく最近もあいかわらず全国のコンサート会場を元気ハツラツに駆け回っているようだ。
ご自身のブログを拝見すると、交友関係も非常に広く、規模を問わず精力的にコンサートをこなしている様子が良く分かる。
あくまで歌が好きで、歌に集中し、そして観客との交流を何より大切にするその姿が如実に伝わってくる。
とても充実しているご様子なので、末端の一ファンとしても安堵する。


では、一度は国民的アイドルと言う頂点に昇りつめた『天地真理』は、なぜ『渡辺真知子』のようにソフトランディング出来なかったのだろうか?

(その3に続く。)

2015年9月24日 (木)

『天地真理』はなぜ『渡辺真知子』になれなかったか?(その1)

当ブログは私個人の物欲の変遷をテーマにしている。
それとともに、ハンドルネームからも分かるように、青春時代を懐かしく楽しく思い出すための忘備録の側面も持つ。

ごく最近、YouTubeにてたまたま『天地真理』の歌を聴いた。
何十年ぶりかに聴いた。
ということで、今回は『天地真理』について思いつくままに書いてみよう。

Amachimari1              https://www.youtube.com/watch?v=hr8J6zjZa5c



私はこれまで2人の女性歌手のファンであった。
一人は『天地真理』、そしてもう一人は今もファンでいる『渡辺真知子』である。
とはいえ、熱狂的にコンサートに行ったり追っかけをやるのでは全くなく、あくまで静かに部屋で気に入った曲を聴いたりテレビに出ればそれを観る程度。
あくまで静かに、そして遠くから眺める程度。


私が高校生ぐらいの多感だった頃、1971年に彗星のごとくデビューし、あっという間に国民的アイドルとなった『天地真理』。
その愛くるし過ぎる容貌と清楚で可憐な雰囲気は、当時の若者が皆嵌ったのと同じく、高校生だった私のハートも確実にに掴まれた。
それが10年も経たないうちに『天地真理』は凋落し、挙句の果ては醜く肥え太った姿を臆面もなく晒すまで落ちた。
そういう姿を見なければならないのは、元ファンとしても非常に辛いことであった。

自分のやりたいこと、目指したいことと、芸能界での仕事があまりにも乖離していたのだろうか、過労の余り精神を病んだとか甲状腺の病気だとか、いろいろ噂された。
そもそもデビュー前にヤマハのコンテストに出るなど、彼女はフォークソングを愛好し、単なる歌謡曲アイドルではなかったはずなのだ。

声楽科出身にもかかわらず『天地真理』は唄が下手だとか、挙句には元ソープ嬢(トルコ嬢)だとか、顔を整形していると、あることないこと噂されすぎた。
あれだけの国民的アイドルには、同業者やライバルからの想像を絶する激烈な嫉妬や憎悪に常に晒されていたのは想像に難くない。

Amachimari2              https://www.youtube.com/watch?v=geQsa_Q5Zx8



嬉しい事に、ごく最近はあの愛くるしく清楚だった『真理ちゃん』が40年を経てまともに歳を取った普通の容姿に戻りつつあるようだ。



さて、もう一人の『渡辺真知子』。
1977年のデビューで、『天地真理』の人気がそろそろ峠を越し始めた頃である。
彼女の方は作曲の才能と豊かな声量や音感に恵まれ、現在も大いに活躍している。
なによりご本人のブログなどを拝見すると、エネルギッシュに活動し、歌が人生に大いに彩りを添えているのが伺える。

(その2に続く。)

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